生贄の勇者

   

「よくぞ、ここまでたどり着いた勇者ルティア。・・・いや、我が生贄よ。」

   

   

バラモス城最奥部の玉座でどっしりと構える緑色のカバ・・・もとい、バラモスを前にしてもルティアは平然としていた。
自分の体よりも数倍大きなおぞましい姿に怯えることもなく、ルティアはただ自分の運命を待っているだけだった。

「ほんとうにこの世界を救ってくれますか?」

バラモスを見上げそう聞くルティアにバラモスは口の端をあげ、

「心配することはない。我は慈悲深い。安心して我が生贄になられよ。」

ルティアはそれ以上口を開くことなく、そっと目を閉じ最後の時を待った。
覚悟を決めたルティアを見て、バラモスの手がゆっくりとルティアに伸びる。
そのバラモスの表情はこの時を待っていたとばかりに喜悦に歪んでいた。

   

ヒュッ

「グワッ!!」

突然、目の前で聞こえた悲鳴にルティアが目を開くと、バラモスが手を抑え忌々しい表情をしていた。
バラモスの手には短剣が・・・アサシンタガーが突き刺さっていた。

「ふざけんな!最初から世界を救うつもりなどないくせに!」
「カイン!?」
ルティアが後を振り返ると銀髪の青年−−−カインがドラゴンテイルを手に構えていた。
ルティアはカインの元に走り寄り、
「カイン、やめて!」
必死の表情で見つめるルティアにカインが口を開こうとした時、

「ググゥ、己!我が生贄をここまで連れてきた褒美に貴様らだけは生かしてやろうと思ったが、我を傷つけるとは・・・許さん!」
咆哮を上げるバラモスにカインはルティアの手を引くと、
「お前は下がってろ。」
とルティアを後に下がらせてから鞭を唸らせてバラモスに挑み向かった。
「カイン!」
背中に向かって声を上げるが、カインは振り返らなかった。

「死ぬつもりのやつはそこで見てな。」
とルティアの横を今度は紫の豊かな髪をした女性−−−ユリナがいなずまの剣を構えてカインの後を追った。
「ユリナ!」
しかし、ルティアの呼び声もユリナには届かなかった。

カインとユリナの武器がそれぞれバラモスを傷つけていく。
しかしバラモスも黙ってはおらず、口から炎を噴出した。

「フバーハ」

声と共に淡い光が二人を包み込む。

「サンキュ、キース。」
「口を動かす暇があったら手を動かせ。」
感謝を述べるカインをキースは受け流した。
そんなキースにカインは苦笑すると言われたとおりに鞭を唸らせた。
「キースもやめて!」
次の呪文を唱えようとする賢者の腕にしがみつくルティア。

「マヒャド」

力ある言葉を唱えると吹雪がバラモスを襲った。
それを見届けてからキースは腕にしがみつくルティアを見下ろし、
「お前はあの二人を見殺しにするのか?」
「えっ?」

−−−そんなことしたくないから止めてるのに・・・

「何故、あの二人が今戦っていると思う?」
「えっ?」
冷ややかにキースに見下ろされたルティアは目を瞬かせた。

−−−・・・どうして?

ドスンッ

何かが倒れる音に目を向ければ、バラモスが背を床につけていた。
魔王と恐れられているバラモスが・・・
その上にまたがりカインが鞭でバラモスを巻きつけていた。
それは信じられない光景でだった。

「グヌヌッ、生贄さえ差し出せば、お前達に平穏が待っていたであろうに。」
「何が生贄だ!ふざけんな!世界を救おうとするやつが生贄なんか必要とするかよ!」
「ほぅ。少しは頭のある人間も居たのだな。」
関心したようにカインに目を向けるバラモス。それを少し離れた所で見ていたユリナは、
「ふん。本性出しな。」
と剣の切っ先をバラモスに向けた。

グオオオォォォ!

「カイン!ユリナ!」
咆哮を上げるバラモスにカインとユリナは吹き飛ばされた。
ルティアは二人に近づきベホイミを唱え、
「二人ともやめて!あたしが生贄になるから!」

バシンッ

その頬をユリナは思いっきり引っ張叩き、
「もう一回言ってみな。そしたら私はあんたを絶対に許さないよ。」

「マホカンタ」

3人に背を向け、キースは光の壁を作り上げた。
そこへバラモスの攻撃魔法が襲い来るが光の壁にあたり四散に散った。

「私、一人では手に余るのだが・・・。」
キースの言葉にユリナは立ち上がると再びバラモスに挑み向かった。
ルティアがその背を見つめていると肩に手を置かれ、

「お前、ジパングでヤヨイに言ったよな。『あなたが生贄になる必要はない』って。」
「だって、あれは・・・。」

−−−本当に必要ないから・・・

「ならなんでお前は生贄になろうとしてるんだ。」
「それは・・・。・・・あたしが生贄になれば世界が救われる」
「お前、本気でそんなこと思ってんのか?」
「えっ?」
「魔王がそんな約束守ると思ってんのか?」
「だって・・・そう」

「グワッ!」

バラモスの腹は剣で切り裂かれていた。
血が・・・青い血が床に染み込んでいく。

「己、邪魔をしよって・・・ロトさえ喰らえばこの世界は我の物だと言うのに・・・」
「結局そんなことだと思ったよ。・・・ルティア!あんたが死んだってこの世界は救われないよ!」
後を振り返らず真っ直ぐバラモスを睨みつけたままユリナはそう声を上げた。

「ルティアが死ねば、この世界も終わりだ。」

ユリナの補助をしていたキースがそう口にする。

「そんな・・・」
二人の言葉にルティアは信じられない表情をした。そんな肩を掴んだままカインが
「わかっただろ。お前が生贄になったって意味はないんだ。」
「だって・・・。そんな・・・。」
うまく言葉が続かないルティアをカインは真っ直ぐ見つめ、
「オレはお前に死んでほしくない。」
「!?」

カインはルティアから離れるとバラモスと死闘するユリナに元へ向かった。
「カイン!」

   

剣でバラモスを切りつけるユリナ。
カインは鞭をバラモスに打ち付けていた。
そしてキースは二人を回復しながら隙を見て呪文を唱える。
そんな3人の攻撃を受けながらもバラモスは火炎を吐き出した。

「うわっ!」

「カイン!ユリナ!キース!」

炎に包まれた3人から返事がなく、ルティアは見ていられなくて手で顔を覆ってその場に崩れ落ちた。

「もう、やめて・・・。」

   

   

『何故、あの二人が今戦っていると思う?』

−−−・・・どうして?

『もう一回言ってみな。そしたら私はあんたを絶対に許さないよ。』

−−−あたしが生贄になること、最初から決まってたじゃない。

『オレはお前に死んでほしくない。』

−−−あたしもみんなに死んでほしくないよ。みんなには生きててほしい。

   

   

〜〜〜 あなたは生きたくありませんか? 〜〜〜

「!?」

突如、聞いたことのない女性の声が聞こえた。

−−−・・・生きる?

そんなこと考えたことなかった。

魔王討伐に出かけた父が死んだ後、魔王はアリアハンに要求した。
『勇者の娘を差し出せばこの世界は救ってやろう。』
誰も何も言わなかったけれど、あたし一人の命で世界が救われるのなら・・・
そう思ってあたしはアリアハンを出た。
道中、あたしが死んでは元も子もないと王宮戦士のユリナがあたしに同行した。
途中、カインとキースに出会って・・・

アリアハンを出て1年半・・・いろいろあったけど

・・・楽しかった。

楽しかったから、世界のためなら今、死んでもいいって思った。

〜〜〜 彼らはあなたに生きていてほしいのですよ。 〜〜〜

−−−どうして・・・最初から生贄になること知ってたのに・・・

〜〜〜 みんな、あなたのことが好きだからです 〜〜〜

−−−あたしもみんなのこと好きです。だから死んでほしくない。

〜〜〜 彼らも一緒ですよ。みんなと一緒に生きたいと思いませんか? 〜〜〜

そんなこと望む事すら忘れていた。
生贄として、ここが最期だとずっと思ってた。
平和になった世界にみんなが生きててくれればそれでいいって。
そこにあたしが居られないのはすこし淋しいけど、それは仕方ないから。

だから

諦めてた。

生きることに

でも・・・・・・。

−−−・・・生きて・・・いいのですか?

〜〜〜 それを決めるのはあなたですよ 〜〜〜

−−−あたしは・・・

願ってもいいのかな。
望んでもいいのかな。

−−−生き・・・たいです。・・・みんなと一緒に

〜〜〜 なら抗いなさい。あなたなら大丈夫です 〜〜〜

何か暖かいものがルティアを包み込んだ。

−−−生きていいのですか?あたしも、みんなと一緒に、この世界に。

   

   

もう使う事もないと思った剣を片手にルティアはみんなの元へ行った。

「ルティア?」

一番にキースが気づく。
キースの声にカインもユリナもルティアに気づく。

「ルティア来るな!」

ルティアの出現に3人と対峙していたバラモスが笑みを浮かべた。

「我の生贄になりに来たか。」

「ルティア、あんたは下がってな!」
ユリナのセリフにルティアは首を横に振ると、
「あたしも戦う。」
「ルティア!?」
ルティアの言葉に驚く3人。ルティアは3人を順に見て、

「あたしもみんなと一緒に生きたい!」

「!?」
「ルティア・・・。」
「・・・フッ。」

「あ、あぁ。一緒に生きるぞ!」
「うん。」

「グゥゥ、大人しく我の生贄となれば苦しまずに死ねたというのに。」

今まで苦戦を強いられていた3人ですが、ルティアが加わった事で形勢は逆転。
確実にバラモスを追い詰めていました。

   

   

「何か決定打となる攻撃がほしいな。」
「キースの呪文でなんとかならないのか?」
「生憎、これ以上強力な呪文を使うには魔力が足りない。」
「じゃぁ、このまま攻撃を続けるしか・・・。」
「それでは体力勝負だ。ユリナとお前は持つかもしれんが、私の魔力は確実に尽きる。ルティアも厳しいだろう。」
「じゃあ、どうするんだよ!」

「あ、あたしあれ試してみる。雷の呪文。」
「ライデインか?ルティア、使えるのか?」
「わからないけど・・・。」
「ふむ。・・・ならルティアはすぐに呪文に集中してくれ。それまで私達が持たせよう。」
「あぁ、任せろ。」
「あんた達、しゃべってないでこっちをどうにかしてくれよ。」

ルティアをその場に残し、カインとキースは三度ユリナと共にバラモスに攻撃をした。
その様子を眺めながらルティアは呪文に集中し始めた。

「グォォォ!この虫けら共がぁぁ!」
「悪かったな、虫けらで。」
「私をカインと一緒にしないでもらいたい。」
「ほんとだね。」
「お前らなー。」

こんな時だと言うのに、そんなことを言ってられる3人にルティアは笑いたくなった。

−−−けど、今は呪文に集中しなきゃ。この戦いが終わればいっぱい笑えるから。

バラモスのあがきにユリナが吹き飛ばされるのが見えた。
けれど、ルティアは慌てなかった。

−−−キースがいるから大丈夫。

キースがユリナに向かったため、カインが一人でバラモスを相手にするが、

−−−大丈夫、すぐに二人が戻るから。

呪文に集中する手が熱く感じる。

−−−こんなあたしでもみんなは一緒に居てくれる。一緒に笑ってくれる。一緒に生きてくれる。

今までの分をみんなに返したい。

これからもみんなと一緒に居たい。

みんなが大好きだから。

   

   

「みんな、離れて!」

ルティアの合図に3人とも瞬時に動く。

「神の裁きをここに!・・・ライデイン!」

バリバリバリッ

「グアアアアアァァァァ!!」

雷がバラモスを襲う。
雷を受けバラモスは断末魔をあげた。

「・・・すごい。」

ライデインの威力に3人はただ驚いていた。

「グオオォォ、おのれ・・・。だが、これで終わりと思うな・・・。必ずや、ゾー・・・様が・・・この世・・・をや・・・に・・・・・・・グフッ。」

   

ズドォォォン

最後の声をあげながら倒れたバラモスは砂煙と共に塵となり消えた。

   

   

「・・・終わった?」
「・・・・・・・・・。」
「ルティア!やったじゃねえか!」
「えっ!?」
喜びの声をあげルティアに抱きつくカインにルティアは慌てた。

「カ、カイン!?」
「ほんと、よかった・・・。」

抱きしめられながらルティアはカインの腕が震えている事に気づく。

「生きてて、ほんとによかった・・・。」

きつくきつく抱きしめられているのをルティアは嫌とは思わなかった。

「ちょっと、カイン?私らが居るの忘れてるんじゃないでしょうね。」
「まったく。この前までは我慢すると言っていたのに、終わってしまえば手が早いな。」
「なっ!?」
「???」

ルティアを解放したカインは呆れる二人に詰めより、

「べ、別に忘れてるわけじゃねえし、手出してるつもりないぞ!これは感動というか、喜びというか」
「はいはい。やるなら私らの居ないところでしなよね。」
「まったくだ。」
「だから!」

「ふふっ」

『!?』

3人の会話にルティアはつい笑ってしまった。
3人に一斉に見られルティアは、

「あっ、ごめん。」

「なんで謝るんだい?」
「そのように笑うのを見たのは初めてだな。」
「ルティア、笑った方が可愛いよ。」
「えっ?」

カインのセリフに思わず赤くなるルティア。

「へー。」
「そのような表情も初めてだな。」

バッ!

「カ、カイン!?」

再び抱きしめられたルティア。

「だから、私らの居ないときにしてよね。」
「気持ちはわからんでもないが。」
「うるせーっ!」
「カイン、苦しいよ。」
「あ、悪い。」

「ふふふふっ。」

解放されたルティアがまた笑うから、

「ふっ。」
「あははは。」
「は、ははっ。」

3人も釣られて笑った。

−−−あたし、生きててよかった。ほんとよかった。

ひとしきり笑った後、ルティアは3人に向き直り、

「みんな、今までごめんね。」

「いきなり何を言うんだい?」

「それから、ありがとう。」

−−−あたしと一緒に居てくれて。

最後まで言わずとも理解する3人はそれぞれルティアに微笑んで見せた。
それがルティアにはまたうれしかった。

「アリアハンに帰ろっ。」
「ああ。」

   

もう生贄として生きなくていい。

だから生きることを諦めるのはやめよう。

これからだって辛い事、大変なこといろいろあるかもしれないけど、
その分楽しい事だってきっとあるから。

どんなことがあったって、みんなが一緒に居てくれるから大丈夫。

   

   

そっとカインを見つめると、視線に気づいたのかカインは振り返り、

そして笑った。

   

ルティアの一番好きな笑顔で・・・。

   

   

あとがきまがい

勇者が生贄だったらと思い立って書いただけだから、あんま突っ込みたくないorz
いきなりバラモス様戦ってどうよオレ(爆
1stが終わったら、これを書くことを考えよう。

   

   

   

以下、キャラ紹介

ルティア 17歳 ♀ 勇者(生贄) ある意味命知らず
普通の女の子として育った。けど父の凶報と共に魔王から『勇者の娘を差し出せ』と要求され、周りの空気に耐え切れずに自ら生贄になる進言する。
それ以来、感情が乏しく笑うときも影が帯びていた。

ユリナ 25歳 ♀ 戦士 男勝り
アリアハン王宮戦士。剣の腕は並の上。バラモス城にたどり着くまでにルティアに死なれては困るからとアリアハン王に命じられてルティアの護衛につく。
生きることを諦めたルティアにいらつくが、彼女が放っておけないお人好し。

カイン 19歳 ♂ 盗賊 見栄っ張り
ピラミッド探索中に出会う盗賊。こんな遺跡オレに任せとけと言うわりには迷子になるまぬけな人。ルティアに一目ぼれして同行する。けれどルティアが生贄になると知って悩む。それはもうとことん悩む。

キース 26歳 ♂ 賢者 きれもの
ダーマで賢者の修行をしていたけれど、ルビスのお告げを聞いて同行。近寄らずに離れた位置からルティアを見守る。大人な割にはカインをからかう事を趣味とする。

2007.06.14

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